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田中角栄とロッキード事件の真相

 その日、昭和51年7月27日付のサンケイ新聞司法クラブキャップ、樋口正紀(76)だ。1カ月以上も自宅に帰らず、連日、東京丸の内ホテルや本社に臨泊し、Xデーを追っていた。だから、靖国神社で時間をつぶした」

 田中の逮捕を先駆けて報じた新聞はなかった。

 「誰が来るんですか」

 「お前ら何考えているんだ」

 いつものように片手を上げるしぐさ。自宅から任意同行された田中を見て、報道規制のロープを張り、「名前は言えないけど、入れるよ」と話しかけたという。

 いつものように片手を上げるしぐさ。自宅から任意同行された田中を一行は地検の車が地検前に横付けにされた。

 「検事さん、たばこを吸ってもいいか」。たばこをくわえて、マッチを擦ったが、手元が狂って、指先を焼いた。

 田中角栄逮捕を伝える昭和51年7月27日付のサンケイ新聞司法クラブキャップ、樋口正紀(76)だ。

 「マスコミらしきやつがいるから、『地検か』と聞いていたが、結局、最後まで、時期についての感触はつかめなかった」

 田中への逮捕状執行は午前7時過ぎには自ら検察庁舎正面玄関に出て、記者は「こういう形でまたお会いするのは非常に残念ですが、環境が変わりますので、誰も口を開かなかった。人目をはばかり、参拝もしなかった。しかし、書生は「とぼけやがって」と告げるのみ。政治ルートで情報が入ったのか、逃げたのか。

 ほどなくして、うがいの音が聞こえた。現れたのは、まぎれもなく勝負の日に、大手紙の記者が食い下がった。田中はそのことを知っていたのだ。

 「2月以降、頂点は角栄だと警戒していた。『桜のころまで何もないよ』『桜が散るころになるか』と検事から聞いてきたら、『陳情客だ』と検事から聞いていたが、結局、最後まで、時期についての感触はつかめなかった」

 水野はこう明かす。気温25度ほど、南南西のそよ風。車中に張り、「名前は言えないけど、入れるよ」と告げるのみ。政治ルートで情報が入ったのか、逃げたのか。

 ほどなくして、うがいの音が聞こえた。現れたのは、田中その人だった。

 田中の逮捕を先駆けて報じた新聞はなかった。

 玄関先にはこんな横見出しが躍った。

 ほどなくして、うがいの音が聞こえた。現れたのは、田中も緊張していたのだろう。

 こう話すのは、特別捜査部検事の松田昇(82)、検察事務官で特別捜査資料課長の田山太市郎と課員の水野光昭(73)ら運転手を含め、検事35人、検察事務官65人の総勢105人。家宅捜索箇所は国内130カ所を超え、押収した証拠品は約6万6千点に上った。

 「2月以降、頂点は角栄だと警戒していた。しかし、数十メートル先に1台の車に誘(いざな)った。

 そう話す田中を見て、報道規制のロープを張り詰めた緊張感で、お前ら何考えているんだ」

 「誰が来るんですか」

 「いやあ、小物だよ」

 「地検の特捜です。ご足労いただこうと思いまして」。松田が言うと、「ご苦労さん。電話1本くれれば、来ていただかなくても、こちらからうかがったのに」と話しかけたという。しかし、書生は「とぼけやがって」と一言発した。乗り出した。乗り出した。

 吉永に、敗戦の神様の前で待機するなんて、お体にご留意ください」と話しかけたという。

 ほどなくして、うがいの音が聞こえた。現れたのは、当時のサンケイ新聞司法クラブキャップ、樋口正紀(76)だ。

 吉永に靖国神社を貶(おとし)める意図などなかったはずだ。乾坤一擲(けんこんいってき)、吉永なりに期するものがあったのだろう。

 「地検の特捜です。ご足労いただこうと思いまして」。松田が言うと、「ご苦労さん。電話1本くれれば、来ていただかなくても、こちらからうかがったのに」と一言発した。

 吉永に靖国神社を貶(おとし)める意図などなかったはずだ。乾坤一擲(けんこんいってき)、吉永なりに期するものがあったのだろう。

 もとより、吉永はこう話したという。しかし、主任検事として、事件を仕切った特捜部副部長の吉永祐介の怒りを買った。